いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。Ⅰテサロニケ5章16〜18節

2021年11月

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モクモク ワクワク ヨコハマ ヨーヨー

彫刻家は、物の形に、詩人は言葉に、音楽家は音に魅せられた人である。」(ジョアン・ミロ)

 ジョアン・ミロはスペインのカタロニア出身で、大阪万博にも出品したことがある画家です。ジョアン・ミロと同じくカタロニア出身の芸術家には、「サグラダ・ファミリア」で知られているアントニ・ガウディやダリがいます。いずれもその作品はユニークで、作者の個性を感じさせる印象的なものです。

 横浜みなとみらい地区のランドマークタワーのそばにある、この写真のモニュメントもユニークさと印象的な点では負けてはいません。「みなとみらいは地区」は、休みの日にはたびた訪れ場所ですが、カメラをもっているとつい撮影したくなるモニュメントです。背景にあるランドマークタワーを入れて撮影すると、かなり表情の違った写真になるので、同じモチーフで何度か撮影いたしました。

 このモニュメントは、元武蔵野美術大学教授で彫刻家の最上壽之(もがみ ひさゆき)氏の作品です。そして作品名もユニークです。

  モクモク ワクワク ヨコハマ ヨーヨー

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「今日の聖書」 ヨブ記14章15節

 あなたが呼んでくだされば、私は答えます。あなたはご自分の手で造られたものを慕っておられるでしょう。 

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自分の近くにいる人を愛せないとき

 千葉県のある教会の礼拝に出席した時のことです。ひとりのご婦人が立って自分がクリスチャンになるきっかけとなった出来事をお話してくださいました。

 結婚して最初は夫婦二人での生活を始めたのですが、ご主人のご両親が年老いて来たことを理由に一緒に暮らすようになりました。ご両親は一日中テレビにかじりつきリビングを占領するようになり、今まで自由にふるまえた家での生活が不自由なものとなり、そのうちにご両親を憎んでいる自分に気付がついたのです。彼女は自分のいちばん近くにいる人を愛せないでいることに苦しみました。

 そのころ教会に通い始めていたので、聖書を開くと 「すべて疲れて重荷を負っている者はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」というキリストの言葉が目に飛び込んできたのです。そのお言葉の通りに、主イエスのもとに自分の重荷を下ろしたときに、両親に対する自分の見方が変わりました。

 両親を憎んでいる自分のような者のためにも主イエスが十字架にかかって、愛を示してくださったこともわかったというのです。全く重荷や問題が無くなったわけではないけれども、今までのように耐えられない重荷では無くなって、自分の近くにいる人を愛せないという大きな苦しみからも解放されたそうです。

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今日の聖書 エペソ4章32節

 お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。 

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ナザレ受胎告知教会の「華の聖母子」

華の聖母子 
マリヤの着物の袖をよくみると真珠がはめられいる(拡大)
 
日本人が描いた「マリヤとイエス」

 イエス・キリストの故郷ナザレには、乙女マリヤが天使から受胎告知を受けたという洞窟の上に建てられた「受胎告知教会」があります。この会堂の中には日本人の画家長谷川路可の下絵による「華の聖母子」が展示されています。

 この絵の下絵を描いた段階で長谷川路可は天に召され、弟子たちがその下絵をもとにヴェネツィアの工房を借りて制作し、分割し船便で運んだものをイスラエルの職人たちがこの教会の壁面に貼り付け完成させました。

 イスラエル旅行でこの絵を見た時には、かなり目立つ位置に展示されていたことと、その大きさと、いかにも日本人的な母子像になっているのを見て驚きました。受胎告知教会には、日本だけではなく、世界各国の「マリヤと幼子イエス」の絵が展示されています。

 ギリシャのものはまるでイコンの絵のように伝統的なものになっていましたが、タイや韓国のものは日本と同じく民族衣装をまとっているので、これまでのマリヤと幼子イエスのイメージを覆すものになっています。

 それまで、欧米人の描いたマリヤとイエスは金髪になっているのを見て、白人中心のイエス像だと思っていましたが、日本人の描いたきわめて日本的な聖母子の絵を見ているうち、世界の救い主である主イエスが、それぞれの国の人々のイエス像で描かれることは、何も不思議なことではないと思うようになりました。

 なお長谷川路可は、長崎で殉教した二十六聖人の「三木パウロ」の絵も描いています。雅号の「路可」はカトリックに入信した時の洗礼名が「ルカ」からのもので、本名は「龍三」です。日本におけるフレスコ画やモザイク壁画のパイオニアとしても知られ、長崎にある日本二十六聖人記念館には、二十六聖人の長崎までの旅を描いた「長崎への道」のフレスコ画が展示されています(下の写真)。

長谷川路可「長崎への路」
長谷川路可「長崎への道」日本二十六聖人記念館所蔵(フレスコ画)

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ナザレ「受胎告知教会」
受胎告知教会内部
ナザレ「受胎告知教会」内部(1994年撮影)

今日の聖書」 ルカの福音書 1章26~33節 
 

 ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。


 すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」

淵田美津雄

真珠湾攻撃 淵田美津雄総指揮官の回心

 ハワイの真珠湾攻撃の総指揮官であった淵田美津雄さんの回心の記録「真珠湾からゴルゴタへ」を昨日の弘前福音キリスト教会壮年会で読み、真の平和について考える時を持ちました。

 江田島の海軍兵学校でお前の敵はアメリカだと教えられた淵田美津雄さんは、アメリカに対する火のような敵愾心を抱き、360機編隊の一番機に搭乗し真珠湾を奇襲するのです。1941年12月7日早朝、「トラ・トラ・トラ(われ奇襲に成功せり)」と彼が報じた後、太平洋戦争の火ぶたは切られ、惨劇は4年に渡り繰り返され、1945年8月5日、日本の敗戦によって憎悪に満ちた戦争に幕が閉じられます。

 淵田美津雄さんの回心のきっかけは、アメリカに捕われていた日本軍捕虜からアメリカでの捕虜の取り扱いぶりを聞いてからでした。特に一人のお嬢さんが現れるようになって病人に対する心からの看護に心打たれた捕虜たちが、「どうしてそんなに親切にしてくださるのですか」と尋ねました。

 最初は返事をしぶっていましたがあまりにも皆が問いつめるので、やがて答えてくれた返事があまりにも意外でした。「私の両親が日本の軍隊によって殺されましたから‥‥」

敵同士
かつての敵同士を結びつけた聖書

 両親が日本軍によって殺されたから、日本軍捕虜に親切にしてやるというのでは話は逆です。詳しく話を聞くと、このお嬢さんの両親は宣教師でフィリピンにいたというのです。やがて日本軍がフィリピンを占領したので、難を避けて北ルソンの山中に逃げていたところ、そこにも日本軍がやって来て両親を発見しスパイの嫌疑をかけ、斬ることになりました。

 「私たちはスパイではない。だがどうしても斬るというなら仕方がない。せめて死ぬ支度をするので30分の猶予をください」と言って、聖書を読み神に祈って斬の座につきました。

 この知らせはアメリカで留守を守っていたお嬢さんのもとに伝えられました。最初は日本軍に対する憎悪で一杯したが、両親が殺される前の30分間の、その祈りは何であったのかを思った時、憎悪から敵を愛する愛へと変えられたというのです。

 淵田美津雄さんが後に聖書を手にして発見した箇所は、ルカの福音書23章34節にあるゴルゴダの丘(処刑場)で主イエスが祈った次の言葉でした。

 「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのかわからずにいるのです。」

 この言葉を読んだ時に、捕虜の兵隊たちを心からお世話をしていたあのお嬢さんの話が頭にひらめいたというのです。日本人を親の仇として憎しみ恨めば、やがてまた憎しみはもどって来て、争いは果てしなく続くであろう。地上に戦争が起こるのは憎しみが絶えないからだと知ったのです。

 淵田美津雄さんはこのことを知らされた時、目頭がジーンと熱くなり、かつて総指揮官であった男の目から大粒の涙がポロポロと落ちました。それは、燃える敵愾心を抱き戦い続けて来た男が、ゴルゴダの丘のイエス・キリストの十字架を仰ぎ見て、イエス・キリストを救い主として受け入れた時でもありました。 

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今日の聖書」コリント人への手紙第二5章17節


 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

あかし

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弘前大学名誉教授 河西達夫先生

人間のいのちの尊厳を知らなくては
良い医者になれない

 弘前大学名誉教授の河西達夫先生は、弘前大学医学部の教授として千体以上の解剖に立ち会い、学生に解剖学を教えてこられた方です。数年前に出版された「解剖学実習アトラス」は全国の医学部の解剖学教科書として用いられています。人体の臓器の精密なイラストは、まるで本職のイラストレーターが描いたかのような仕上がりになっていますが、お聞きすると河西先生ご自身が描かれたものとのことです。

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 以前、弘前福音キリスト教会で、「献体について考える」というテーマでお話していただきました。解剖を行うとき学生たちに特に指導したことは、「人間のいのちの尊厳を知らなくては  良い医者になれない」ということです。「動物ではなく人体を解剖することで、生命の尊厳を知り、医師としての責任感が身につくというのです。そのために、人体の取り扱いには非常に厳しかったといいます。

 河西達夫先生と恵子夫人は熱心なクリスチャンですが、新婚の頃、解剖の実習を終えて戻ってこられた夫の解剖着を洗濯するのが喜びだったと話されていました。普通の女性であったならば、あまり喜びとは感じないはずの解剖着の洗濯を、大きな喜びと感じているところに、献体をされた方々への感謝と夫の仕事への深い理解があったことを覚え大変感動しました。 

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イラストも河西先生によるもの

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河西達夫先生と恵子夫人 (青森県「鶴の舞橋」)


 
「今日の聖書」 詩篇139篇13~16節


 それはあなたが私の内臓を造り、

 母の胎のうちで私を組み立てられたからです。 

 私は感謝します。

 あなたは私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。

 私のたましいは、それをよく知っています。

 私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、

 私の骨組みはあなたに隠れていませんでした。

 あなたの目は胎児の私を見られ、

 あなたの書物にすべてが書き記されました。
 わたしのために 
作られた日々が、しかも、その一日もないうちに。


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